テレビの中で、芸人や俳優がどんどん仲よくなっていく。その様子を見ながら、永野さんの胸には別の思いがあった。「俺の方が面白れえよ」。
永野さんが振り返ったのは、世間に届かない時期を支えた自信と、ひとりで走ってきた先に感じた苦しさだった。
届かなくても、「俺は凄い」
世間に届かない時期もあったのか。取材でそう聞かれた永野さんの返事は、一言だった。
届かなかった。
それで心が折れそうにはならなかったのか。続く問いに挙げたのが、「自分への異常な程の自信」だった。
「俺は凄い」と、ずっと思っていた。テレビで芸人や俳優が満遍なく仲よくしているように見えると、胸の内ではこう感じていたという。
でも、ノリとしては「えー、別に、俺の方が面白れえよ」みたいな感じがあるというか。
直接相手に言うわけではない。それでも、その気持ちは常にある。後輩でもほかの芸人でも、そういう気持ちを持つ人のほうが好きかもしれない、と永野さんは話した。そのほうが楽しく、健康的な気がするのだという。
個人戦でもいい。けれど、ずっとは苦しい
それほど自信があっても、「どういう人が売れるのか」には明確な答えが出ない。考えても、考えても分からない。
自分については、場で浮くことがあっても仕方がないと思っていた。団体競技は苦手だから、個人戦でもいい。ただ、ほかの人と仲よくやりたくないわけではなかった。
当時を振り返る言葉は、ひとりで「わー」っと走るしかなかった、というものだった。一方で、芸人の先輩とも親しくなり、人と仲よくなっていこうと思えるようになってきたとも話している。
けれども、ずっとそれで行くのは苦しい。
やっぱり、お笑いなので、そこで苦しさを見せたくない。
その先は、もうちょっと気楽に
その先の活動について聞かれると、永野さんは「もうちょっと気楽にやりたい」と答えた。
たとえば、吉本の芸人同士が「楽屋でコイツ、実はこう言ってたけど?」と話すようなやり取り。永野さんには、あの温かさがよく見えていた。身内のやり取りだと批判されることがあっても、テレビにはそういう楽しさが大事だと感じていたのだ。
ひとりで背負う芸人の悲哀や、孤独を貫く人の「独特のブルーな感じ」。頑張っているのは分かるけれど、自分はもう、そこから軽くなりたい。
だから、もっと楽しく、もっと軽く。「軽くなりたいなあ」っていうのはありますね。
